19歳の時、私は測定器の前に立っていた。
ドライバーを振り、ボールを打つ。測定結果が表示される。
キャリー:230ヤード
その数字を見た瞬間、何かが崩れた。
PGAツアーへの憧れ。プロとして戦う未来。そのすべてが、遠のいた気がした。
50ヤード後ろからのティーショット
試合会場で、最も辛い瞬間がある。
それは、自分よりも 50ヤード以上も先 からセカンドショットを打つ選手を見る時だ。
同じホールを、同じパーで回ろうとしている。しかし、彼らは7番アイアン、私は5番ウッド。
「絶対に勝てない」
そう思ってしまった。技術で追いつこうとしても、ティーショットで50ヤード負けていれば、すべてが覆る。
飛距離への憧れは、日に日に強くなった。
トレーナーの言葉:「飛距離は才能だから」
当時、高校生のころからお世話になっていたトレーナーさんがいた。
ある日、私は飛距離の悩みを打ち明けた。
彼はこう言った。
「飛距離は持って生まれた才能だから、違うところで勝負しないと」
その言葉は、優しさから来ていた。無理な挑戦で体を壊さないように、という配慮だった。
しかし、私にはそれが「諦めろ」という宣告に聞こえた。
才能がないなら、飛距離は諦めるしかないのか?
でも、どうしても諦められなかった。
2020年、デシャンボーの衝撃
転機は、コロナ禍の2020年に訪れた。
ブライソン・デシャンボー が、猛烈な飛距離アップを遂げた。
それまで、彼の飛距離はPGAツアーの中盤程度だった。決して「飛ばし屋」ではなかった。
しかし、2020年シーズン、彼は 飛距離ランキングのトップ に躍り出た。
肉体改造も話題になった。しかし、私が注目したのは、明らかに スイングが変わっていた ことだ。
そして、その背後には クリス・コモ というバイオメカニクスの専門家がいた。
「飛ばない選手が、飛ばせるようになる」
この事実が、私に希望をくれた。
フィッツパトリックの挑戦
もう一人、私を勇気づけた選手がいる。
マット・フィッツパトリック だ。
彼もまた、飛距離に悩んでいた選手だった。しかし、試行錯誤の末、大幅な飛距離アップを実現した。
その背後には、サーシャ・マッケンジー というバイオメカニクスコーチがいた。
私にとって重要だったのは、「飛ぶ選手がより飛ぶようになる」ことではなかった。
「飛ばない選手が、科学とデータの力で飛ばせるようになる」
この事実こそが、私の心に火をつけた。
デシャンボーにはクリス・コモ。
フィッツパトリックにはサーシャ・マッケンジー。
そして、私にはバイオメカニクスがある。
自分を変えたくて:バイオメカニクスとの出会い
私は決意した。
「自分を変えたい」
そして、バイオメカニクスの世界に飛び込んだ。
Trackman、Sportsbox、フォースプレート。あらゆる測定器を使って、自分のスイングを数値化した。
- アタックアングルは-2°だった。これを+5°に変えた。
- 骨盤リフトは6cmだった。これを11cmに増やした。
- スイングリズムは4.2:1だった。これを3:1に近づけた。
- 体重移動のタイミングが遅かった。テークバック中に90%、トップで75%に改善した。
そして、最も大きな変化をもたらしたのは、アームスピード だった。
正しい腕の使い方を学ぶことで、クラブヘッドスピードが劇的に向上した。
一つ一つは小さな改善だった。しかし、それらが積み重なった時、飛距離は変わった。
2年間の奇跡:250yから300yへ
当時、私のキャリーは 250ヤード前後 だった。
そこから、約 2年間 の取り組みで、平均キャリー 300ヤード に到達した。
19歳の時の230ヤードから考えれば、70ヤード のアップだ。
そして、最大飛距離は キャリー320ヤード に達した。
誰も信じなかっただろう。
整体師さんも、周りのゴルファーも、そして過去の私自身も。
「山﨑が300ヤード飛ばせるようになる」とは、思っていなかった。
しかし、それは実現した。
才能ではなく、科学だった
振り返ってみれば、すべては明確だった。
飛距離は「才能」ではなかった。
科学 だった。
アタックアングル、地面反力、スイングリズム、体重移動、アームスピード。
これらはすべて、測定でき、改善できる。
デシャンボーがそうだった。
フィッツパトリックがそうだった。
そして、私もそうだった。
バイオメカニクスという科学が、私たちを変えた。
日本にも、バイオメカニクスを
デシャンボーにはクリス・コモがいた。
フィッツパトリックにはサーシャ・マッケンジーがいた。
彼らのようなバイオメカニクスの専門家が、選手の可能性を引き出した。
日本でも、同じことができるはずだ。
いや、しなければならない。
感覚論でも、根性論でも、筋トレだけでもない。
科学的根拠に基づいた、データドリブンな指導。
それが、「ぶっ飛び力学」の使命だ。
あなたも変われる
この記事を読んでいるあなたも、同じだ。
「自分は飛距離が出ない」
「才能がない」
「もう遅い」
そう思っているかもしれない。
しかし、私が証明した。
230ヤードから300ヤードへ。70ヤードのアップは可能だ。
それも、10年という時間の中で、本格的な取り組みは最後の2年だった。
あなたが今、250ヤード飛ばしているなら、300ヤードは夢ではない。
あなたが今、230ヤードなら、私と同じスタートラインだ。
必要なのは、才能ではない。
科学とデータ、そして正しい指導 だ。
まとめ:10年かけて見つけた答え
- 19歳の時、私はキャリー230ヤードだった
- 試合で50ヤード後ろからのティーショットに絶望した
- 整体師に「飛距離は才能」と言われた
- しかし、デシャンボーとフィッツパトリックが希望をくれた
- バイオメカニクスと出会い、自分を変えることを決意した
- 2年間で250ヤード→300ヤードへ
- 最大飛距離は320ヤードに到達
- 飛距離は才能ではなく、科学だった
10年前の私に、こう言ってあげたい。
「諦めるな。お前は300ヤード飛ばせるようになる」
そして、今のあなたにも言いたい。
「あなたも変われる。科学があなたの飛距離を解放する」
ぶっ飛び力学では、私自身が歩んだ道を、あなたと共有します。Trackman、Sportsbox、そして科学的根拠に基づいた指導で、あなたの飛距離ポテンシャルを最大化します。
230ヤードから300ヤードへ。私がそれを証明した。
次は、あなたの番だ。